現在の世界的なインフレはなぜ起きているのか。僕は単純に、コロナ対策でお金をばら撒きすぎたからお金がだぶついてインフレになったのだろうと思っていた。この理解は全然的外れだったらしい。
2020年にパンデミックが起きて世界中でロックダウンが起きた時、経済活動は停止して需要も供給も大きく下がった。コロナが終わって通常の経済活動が戻ってきた2022年以降、なぜ世界経済はコロナ前に戻らずに大きなインフレになったのか。「世界インフレの謎」は、その道のプロ中のプロがこの疑問を解説をしてくれている本で、とても面白かった。
インフレを理解するのに一番重要な概念は、インフレ率と失業率の関係を表すフィリップス曲線というものらしい。これは、
インフレ率 = インフレ予想 – a * 失業率 + X
という形で表されて、失業率とインフレ率は傾きが負の1次関数の関係になる(というか、過去のデータを1次関数で近似・モデル化している)。aが直線の傾きを表す係数になるが、過去のデータでは失業率が1%下がるとインフレ率が0.1%上がるという関係にあることが知られていた。
コロナ中は失業率は高くなりデフレとなったわけだが、経済が元に戻るとともに失業率は改善されていった。この時、インフレが起こることは想定内であった。想定外だったのは、2021年以降、過去の経験則と異なり失業率が1%下がるとインフレ率が1.4%も上がるようになってしまったことだった。(下図は、本書の図3-3を引用)

もし、aの傾きが2021年以降(なんらかの理由で)大きな値に変わったのだとしたら、今回のインフレも伝統的なアプローチで対応できる。つまり、利上げを行い経済活動のコストを上げ需要を抑制すれば失業率が上がり、インフレ率は(失業率1%あたり1.4%の割合で)下がっていくことになる。
もし、aの傾きは変わっていないとしたら困ったことになる。aが変わっていなかったら、失業率を10%上げてもインフレ率は1%しか下がらない。そうなると、インフレかつ不景気という最悪の状態になってしまう。
はたしてどっちなのか? 著者はaは変わっていないという見方をしている。aが大きくなったのではなく、ポストコロナの世界で供給が減ったことにより、上の式のXの部分が大きくなったのではないかというのが著者の仮説だ。
供給が減った理由として著者が上げている仮説は3つ。1) サービスからモノへの需要のシフト。stay homeでサービス(外食や旅行など) が不可能になって人々がお金をモノの購入に使うようになって、その変化がコロナ後も継続している。しかし、生産設備等はまだその需要に答えられていない。 2) 大量離職。シニアの早期リタイアなどコロナで減少した労働力が回復していない。3) 脱グローバル化。近年の地政学的リスクも相まって、グローバルサプライチェーンを縮小する動きが出ていて、それは生産性にはネガティブな影響をもたらしている。
さて、今後はどうなるのか? 企業は新しい環境に適応をして生産性が徐々に回復してくるかもしれない。そうなればXはコロナ以前くらいの値まで下がるかもしれない。もしかしたら、新しい世界ではXは以前までは戻らないかもしれない。そうなると、ある程度の高インフレというのが新しい常識となるのかもしれない。今後の経済ニュースは、生産・供給の回復という観点で見るとより正しい見方ができるのかもしれない。
(ちなみに、本書は日本のインフレとデフレの問題について論じていて、それも面白い議論なので、ぜひ読んでもらいたいです。)